先日、ユネスコ無形文化遺産に『伝統的酒造り』が新たに登録されたことがニュースになりました。
国内の日本酒消費量は減少しているものの、海外への輸出量はこの10年で3倍以上増加しています。
日本酒文化を国内外に伝える我々にとっては、海外での日本酒人気が今後さらに高まると共に、国内でもより多くの人から日本酒が注目されるきっかけとなる喜ばしいニュースです。
今回はそんな無形文化遺産『伝統的酒造り』のどのような点が、登録に繋がったのか見ていきましょう。
「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産とは
まず始めに、ユネスコとは国際連合教育科学文化機関/United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization U.N.E.S.C.O.の略で、日本を含む193の国と地域が加盟する国際連合の専門機関の一つです。
教育・科学・文化を通して世界中の人々が互いの理解を深めることを目的としています。
無形文化遺産はユネスコが認定した、伝統や伝統工芸、表現、技術などの後世に残すべき形のない文化、その土地や歴史に深く根付いたものが登録されます。
日本では、歌舞伎・和紙・日本食などが既に登録されており、今回『伝統的酒造り』が23件目となりました。
「伝統的酒造り」とは具体的に説明すると、杜氏・蔵人が長年の技術と経験に基づいて築き上げた、麹菌を用いて発酵する酒造りを指し、日本酒の他に焼酎や泡盛も含まれます。
「伝統的」と「酒造り」の主にふたつの点が重要となってくることから、分けて見ていきましょう。
伝承される技術
まず、『伝統的』という部分に注目してみましょう。
そもそも麹を使った酒造りが始まったのは奈良時代(約1300年前)だと言われており、「播磨国風土記」に「大神の乾飯が濡れてカビが生えたので、酒を醸して、献上し宴をした」と記されていることから、当時すでに麹で酒を造っていたことが伺えます。
その後、麹菌を使って米麹で酒造りをする麹造りの原型が確立されたのが室町時代(500年以上前)だと言われています。
現代の酒造りでは、自動で麹の温度を管理する機械を使用する蔵も多いものの、基本的な造り方は今もほとんど同じで、手作業で行う昔ながらの造りをしている蔵もまだ多くあります。
当時から、酒造りの職人集団、またはその責任者である杜氏と蔵人は、日本各地の風土気候に合わせて酒造りをし、それを代々受け継いできました。
杜氏は手の感覚や味覚・臭覚を頼りに当時では難しかった麹の温度管理など、酒造り全ての良し悪しを決める重要な役割をし、また蔵人たちをまとめることもします。
当時の酒造りが何百年経った今も行われているのは、杜氏・蔵人たちが長年築き上げてきた知識と経験、そしてそれがいかに理にかなった方法であったかと言うことです。
現代の酒造りを支える技術がすでに500年前にはあり、形を変えず守り続けられていることが、特に『伝統的』であると評価されました。
麹菌を用いて発酵させた酒造り
「伝統的酒造り」を理解する上で次に大切なのが「麹」です。
今回の登録では、酒造り全体ではなく、特に麹を活かした酒造りが対象になりました。
麹は日本食文化で欠かせないもので、お酒類だけではなく様々な食品が麹から作られています。
味噌や醤油はもちろん米酢や漬物、甘酒など普段から口にするものばかりです。
日本と同じく、中国や韓国でも菌の力を利用して発酵させる食品・アルコール類はありますが、それらの菌はクモノスカビと呼ばれる日本の麹菌とは異なります。
麹菌(ニホンコウジカビ)は日本でしか生息しないカビの一種であることから、麹菌で作られた食品は日本独特であることがわかります。
そもそも麹とは、米や麦などの穀物に麹菌を繁殖させたもので、その麹菌の酵素が食材のでんぷん質やタンパク質を分解して旨味や甘味を引き出したり、食材を柔らかくすることで、様々な発酵食品ができます。
例えば、味噌なら麹菌が大豆のタンパク質を分解しアミノ酸を作ることで旨味を引き出したり、日本酒や甘酒であれば、米のでんぷん質を糖分に分解して甘味を引き出します。
今回のユネスコ無形文化遺産登録では、味噌や醤油等ではなく日本酒や焼酎・泡盛の酒類により焦点が当たっています。
アルコール発酵には酵母と糖分が不可欠ですが、日本酒・焼酎・泡盛の原材料となる穀物類には糖分があまり含まれていません。
そのため穀物類の表面や内側に麹を発酵させ糖分を作り出すことでアルコールを生成します。
その方法が他のアルコール類とは違い日本特有であることが注目されました。
まとめ
今回のユネスコ無形文化遺産登録に当たって、「日本酒」や「酒造り」ではなく、「伝統的酒造り」という名目での登録になったことについて、最初にニュースを見たときにあまりピンとこなかったのが正直なところではありましたが、ふたつに分けて詳しく考えることでよりわかりやすくなりました。
伝統的・・・形を変えることなく、何百年にも渡り受け継がれてきた日本の技術と経験
酒造り・・・日本風土や歴史に深く根付いた日本特有の麹を用いた発酵
この2点が特に評価されたことが登録に大きく繋がったと言えるでしょう。
大阪出身の酒ソムリエ(Sake Diploma)
日本酒好きが高じて蔵人として酒造りを経験。日本酒の魅力の多くの人に伝えるため日々活動中。