酛造り② 〜速醸系酒母(そくじょうけいしゅぼ)を知る〜

前回の記事では酛(酒母)の基本的なお話をしましたが、今回は酛の様々な種類をそれぞれ細かく説明していきます。

もくじ

速醸系酒母の歴史

速醸酛は明治時代末期に始まった比較的新しい手法です。

速醸酛が誕生する前の日本酒造りは、現代のような高精白米は使用されておらず、また麹の発酵力が低かったため発酵中の米が溶けにくく、米をすり潰「酛すり」が必要なことから、酛造りは特に時間を要する重労働な作業でした。

1900年頃以降、日本酒造り全体の技術進歩や機械の発達に伴い、重労働な作業を省き、尚且つ効率的で安全な酒造りを目指し、速醸酛が開発されました。

現代では、日本酒の約90%が速醸系酒母で造られていますが、当時は清酒業界に衝撃を与えた革新的な手法でした。

普通速醸酛(ふつうそくじょうもと)

速醸系の中でも、大元となるのが普通速醸酛です。

前回の記事でもあったように、酵母は他の微生物と一緒になると淘汰されやすい(つまり雑菌に弱い)が、酸には強い特性があり、一般細菌は酵母が繁殖する酸度では繁殖できない(つまり酸に弱い)性質があります。

つまり、酛を酸性にすれば雑菌が繁殖しない、酵母の増殖に最適な環境が作れるということになります。
そこで必要になるのが「乳酸」です。

生酛系酒母では乳酸菌が糖を分解して作り出す乳酸を利用するのに対して、速醸系酒母ではすでに作られた醸造用乳酸を添加します。

最終的には同じ乳酸でも、どの様に生成されたものなのかが異なります。

速醸系では乳酸菌が乳酸を生成する工程を省くことができるため、生酛系が1カ月程かかるのに対して、速醸系は半分の2週間程で出来上がります。
また、酛の酸度を一気に上げるため、雑菌の侵入・繁殖を防ぎ、安全かつ安定した酛造りを進めることができます。

乳酸により酸度が高くなった酒母中では、健全な酵母が大量に培養され、最終的には酵母がたくさんいる酛が仕上がるという仕組みです。

速醸酛が開発される以前は、自然界に存在する微生物に頼った造りだったため、温度管理が非常に難しく、温度が低い環境が必須でしたが、醸造用に作られた乳酸は温度変化による影響が比較的少なく、一定した品質で造りを進められることが大きなメリットのひとつです。

速醸酛で醸した酒は、香りが立ちやすくバランスのよいすっきりした味わいになりやすいと言われており、目標としている味わいに近づけやすいことから、ほとんどの酒蔵が速醸酛を使っています。

高温糖化酛(こうおんとうかもと)

高温糖化酛はその名の通り高温で一気に糖化を進める方法で、1940年頃に開発された速醸系酒母の一種です。

普通速醸酛の場合、乳酸添加後の初めの1週間は麹菌のよるデンプン質の糖化に徹し、酵母の餌となる糖分を十分に準備します。
後半の1週間では前半にできた糖分を餌に酵母を増殖させます。

一方、高温糖化酛では前半の糖化を高温でたった1日で仕上げるため、約1週間から10日程で酒母を完成させることができるのです。(乳酸は糖化後、冷却時に添加する)

そして、高温糖化酛の一番重要なポイントは糖化温度を55度前後で5〜8時間保つことです。

酵素は高温には弱いが、55度前後では失活することなく糖化が進み、また、この温度では一般細菌は殺菌されるため、効率的に糖化を進めることができます。
時間と労力が省けるため、効率が良いことが最大のメリットですが、その分リスクもあります。

例えば、55度より高くなると麹菌が死滅し糖化がうまく進まず酵母が繁殖できません。
逆に55度より低くなると雑菌が繁殖しやすい温度帯になり、酛が汚染されてしまいます。

目標温度を一定に保つことを前提すれば、優れた酛の方法だと分かりますね。
高温糖化酛で増殖した酵母は、醪の後半で発酵力が落ちることが多く、酒質は雑味の少なく、普通速醸酛よりもさらに軽い味になりやすいと言われています。

そのため、気温が高い九州地方で、低温長期発酵吟醸系の日本酒によく高温糖化酛が使われています。

次回、山廃酛と生酛についてお話します。

この記事を書いた人
Momoko

大阪出身の酒ソムリエ(Sake Diploma)
日本酒好きが高じて蔵人として酒造りを経験。日本酒の魅力の多くの人に伝えるため日々活動中。

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