以前の記事では第1回から3回に分けて、酛造りの基礎知識や歴史・種類などをお話ししましたが、今回は番外編ということで、ひとつ変わった酛の種類とそのおすすめの日本酒をいくつか紹介します。
酛造り記事
変わり種日本酒「水酛」
水酛は室町時代に奈良で確立された伝統的な酒造りの手法です。
水酛は、生酛とは違い酒母中で乳酸を生成させるのではなく、あらかじめ作った乳酸を添加して酒母(酛)を酸性にします。(酛の基礎編は酛造り①を参照)
前回の記事で紹介した速譲酛・生酛・山廃酛と比較すると、水酛を造っている酒蔵自体非常に少なく、日本酒全体の1%にも満たない程です。
生米を水に浸して10日から数週間置くことによって、米に付着している乳酸菌が水の中で増殖し乳酸発酵します。
こうしてできるのが、乳酸酸性水の「そやし水」です。
そやし水を酛の発酵の仕込み水の代わりに使用することで、酛を酸性にし雑菌の増殖を抑えつつ酵母の発酵を促します。
自然発酵による野生的な香りや複雑味が強いほか、他の酛の造り方より酸が比較的強く、濃醇な口当たりと後口が特徴的です。
乳酸由来のヨーグルトやチーズの様なクリーミー感があるのも水酛ならではです。
おすすめの水酛
ここからはおすすめの水酛を三種類紹介していきます。
御前酒 乳酸菌増々菩提もと
製造元:御前酒蔵元辻本店
原料米:岡山県産雄町米
精米歩合:65%
アルコール度数:15度
奈良の菩提山正暦寺で確立された日本最古の酒母と呼ばれる菩提酛で醸したとてもユニークな純米酒です。
そやし水の量を増々(通常の2倍)にしたことによる、乳酸感たっぷりの旨味と酸味が特徴です。
ひとくち飲んだ瞬間に速醸とは全く違うしっかりとしたボディーに、米の旨味と後から追いかけてくるチーズやバターの様なクリーミー感と口当たりがクセになります。
乳酸発酵がかなりしっかりしているので、同じく乳酸発酵を生かした糠漬けや味噌を使った料理と合わせるのがおすすめです。
無窮天穏 そやし水酛純米吟醸酒水母
製造元:板倉酒造有限会社
原料米:奥出雲五百万石・佐香錦
精米歩合:60%
アルコール度数:14度
こちらの水酛は乳酸菌とは別にコハク酸やリンゴ酸などの酸味を生かした純米吟醸酒です。
乳酸菌の比率を下げることにより、飲んだときの強い酸を和らげ、リンゴ酸が爽やかな酸を、コハク酸が旨味と渋味のある酸を生みます。
純米吟醸なので、しっかりとした酸を感じさせながらも、米の旨味とのバランスが良く、スルリとした飲み口とさっぱりとした後味が特徴です。
おすすめのペアリングはモッツアレラチーズです。
フレッシュなミルク感とさっぱりとした酸の相性がよく、少し塩をかけて食べると旨味がより一層引き立ちます。
鷹長 純米大吟醸
製造元:油長酒造株式会社
原料米:兵庫県産山田錦
精米歩合:35%
アルコール度数:16度
山田錦を35%まで磨くことで綺麗なスッキリとした水酛に仕上がっています。
香りは華やかかつ爽やかな吟醸香があり、高精米だけあってやはり飲み口は軽めです。
35%磨きの純米大吟醸であれば、最初の印象通り後口もスッキリと思いきや、水酛ならではの奥深い旨味と重厚感を最後にしっかりと感じることができます。
冷やして飲むのはもちろん、少し温度をあげると旨味がさらに引き立つため、会席料理であれば温度変化を楽しみながら、先付けからメインまで幅広い料理と合わせることができます。
まとめ
出会うことがあまりない水酛ですが、もし見かけることがあれば是非試して欲しい日本酒です。お酒自体を楽しむのももちろんですが、食べ物と合わせるとより一層お酒を楽しむことができます。
番外編も含めて、4回に分けて酛について紹介しました。
酛を知ってこその日本酒。
香りや味わいの違いを酛に注目して日本酒を飲んで、これまで気づかなかった日本酒の奥深さに触れてみてはいかがでしょうか?
大阪出身の酒ソムリエ(Sake Diploma)
日本酒好きが高じて蔵人として酒造りを経験。日本酒の魅力の多くの人に伝えるため日々活動中。